エッサウイーラは古代からヨーロッパ、アフリカ間の大西洋沿岸貿易の重要な中継地として利用されてきた。紀元前7世紀にはフェニキア人との交流があり、紀元前600年頃のカルタゴ人の名が彫られた壷が近郊の島で見つかっている。ローマ時代には古代紫の生産地として名を馳せた。10世紀、聖者シディ・モグドルにちなみ町は「よく守られしもの」という意味の「アモグドル」と名づけられた。15世紀にはポルトガル人が沿岸交易の重要港としてエッサウイーラを利用し、「モガドール」と名づける。16世紀、ポルトガル人が大量に移り住むようになり、ポルトガル王は港の入り口に城を築く。上写真:海の門の黄昏
現在もこの遺跡をいくつか見ることができる。16世紀中頃ポルトガル人は町を手放し、1761年アラウイー朝スルタン、シディ・モハンマド・ベン・アブドッラーがエッサウイーラの南方にある町、アガディールに対抗するためフランス人捕虜技師に設計させ海軍基地を築く。この時、要塞で囲まれた広い道幅をもつ長方形の町になり、「図」という意味のアラビア語「エッサウイーラ」と名づけられる。1780年以降、各国の商館が建てられ、エッサウイーラ港の海運量は国内の40パーセントを占めるようになるが、1912年から56年の保護領時代にカサブランカやアガディールの港に押され、経済は停滞していく。現在では外国人のみならずモロッコ人も開放的なリラックスした雰囲気を求めてやってくる、国内でも有数の観光都市となっている。右上写真:旧市街の木工職人街