マラケシュ・メディナの目抜き通り、スーク・スマリンの奥に、馬具店がある。昔ながらの金糸銀糸で刺繍された豪華な鞍や、伝統的な革ブーツなどを扱う専門店で、一歩入ると他のみやげものなどを売る店とは一線を画した、少々厳かな空気が漂っている。ここの店主のおじさんと話をしていると、日曜日に近郊のシディ・モクタールという村でムーセム(聖人祭)があり「ファンタジア」も行われる、という情報を耳にした。ファンタジアは、モロッコの伝統的な騎馬芸のことで、正装をした騎士たちが、これまた立派に着飾られた馬に乗り、各地から一堂に集い技を競う。王都だったマラケシュは今も南モロッコの伝統工芸の中枢でもあり、硬い革に見事な刺繍を施すことのできる貴重な職人達が今も多く居る。今日も地方から来た幾人かのファンタジアの騎士達が、日曜日のムーセムのために、わざわざこの馬具店に立ち寄り、買い物をしていったというのだ。
さて、日曜日。マラケシュから乗合タクシーに乗り、エッサウイラ方向に1時間半。果たして、そこは、ファンタジアでもなければ絶対に来ることもないであろう、言わば「なんにもない」(としか思えない)村であった。しかし、年に一度の今日だけは違うのだろう、普段は空き地と思しき場所に多くのテントが張られ、風にたなびいている。日用雑貨や食べ物、機械類など、なんでもありの仮設スークが延々と設営されていて、近郊の村からやって来た人達の嬉しそうな顔で多いに賑わっている。移動観覧車まであって、なぜかものすごい勢いで回っている。危なくないのだろうか?それより一体どうやって乗り込んだのか・・・?と、一人心配になっているところへ、マイクでガナりたてる聞き覚えのあるダミ声・・・。輪になっている人垣の中を覗くと、フナ広場にも時々居る、怪しげな薬売りのおじいさんだった。こんな所まで出張して、いたいけな田舎の人達を毒牙にかけているのだ(?)
そんな事より、聖人祭に来たからには、まず地名にもなっている聖人シディ・モクタールの聖廟でも拝もうと、通りがかる人に場所を尋ねるが、あっちだ、いやこっちだ、とどうも要領を得ない。暑さと埃と人混みにまみれて、だんだんどうでも良くなる(モロッコでありがちなパターン)。
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スークスマリンの馬具店/マラケシュ多くの職人の手を経た品々 |
各村の騎馬団はトラックで馬ごと遠征してきて自前のテントを設営 |
ファンタジアを見ようと近隣から集まってきた人々 |
と、そこへ、パンパーン!!と銃声。ファンタジアが始まったのだ!
大急ぎで、広場に駆けつけると、そこは雑多なスークとは打って変わった颯爽とした風が吹いていた。100メートル四方くらいの馬場の端に大きな綺麗な色の観客用テントがしつらえてあり、正装のおじいさんや女性達が座っていて、席を取れなかった大勢の子供たちは、柵にしがみついて、騎士達の登場を待っている。やはり、この聖人祭の一番の呼び物は誰にとっても「ファンタジア」なのだ(もちろん無料)
いよいよ騎士達が次々に登場、アラブやベルベル、各村ごとにチームが一列に並んで、助走から全力疾走、リーダーの掛け声で、一斉に手に持った長銃の引き金を引き、打ち鳴らす。テントに突っ込むのでは!?とドキドキする観客の前でピタリと止まり、羨望のまなざしで見つめる人々の脇を悠々と通り過ぎて行く。
ドラクロワが描いたことでも有名なこの騎馬芸は、本来アラビア語で「トゥボレダ」(銃を打ち鳴らす事)といい、中世・地中海世界にその名を馳せたベルベル族やアラブ族の輝かしい過去の闘いの記憶がここに再現されている(現在の姿は1800年代の戦法のシュミレーションと言われている)
見事な妙技をこなす馬は、マラケシュでみる馬車を引く馬や荷車を運んでムチで打たれている馬とは一味もふた味も、いやもう全然違う。このクラスの馬ともなると、バルブ種(マグレブ地方の馬の種)やアングロ・バルブ種など由緒正しい血統を持った4歳以上の名馬に限られており、食べ物も人間以上に気を遣い、全く使役もせず、ただファンタジアをするためだけに生きているのだそうだ。
毎年取り替えるという立派な刺繍入りの鞍、金銀の装飾にくるまれた銃、サイの角の柄のついた短剣・・・。骨董店でも見かけないような素晴らしい出で立ちに、私のような下々の者が近寄ってみても、誇り高き騎士達は嫌な顔ひとつせず、また声をかければ写真撮影にも快く応じてくれ、当然、お金を要求するという気配は、はなから無い。彼らは芸人ではないのだ。かといって自慢気でもなく、ひたすらクール、モロッコの騎士道精神の在りようを見せ付けてくれる。
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騎士達はおしゃれ! |
テントの観客は目が釘付け |
リーダーの掛声で銃を撃ち放つ! |
「ファンタジアの騎士」といえば、その卓越したテクニックもさる事ながら、同時にモロッコではそれだけで「土地の名士」として尊敬される存在なのだそうだ。日々の馬の飼育、各ムーセムへの遠征、美術品のような装飾・・・晴れの場で各村の威厳を体現するために、これらの莫大な費用は全て、騎士が自費でまかなっているもので、よほど商業的な目的の催しでもない限り、ファンタジアでお金を稼ぐという訳ではない。普段は自分の村で農業を営んでいたりする普通の人なのだ(やはり地方の代々の名家や地主が多いとか)。
最近テレビのドキュメンタリー番組で、こうした騎士へのインタビューがあったが、ある人は、つい、こう漏らした。「実際、ファンタジアには大変な費用がかかります。しかし私は、これをやめたくてもやめる訳にはいかないのです。私の父も祖父も、ずっとやり続けて来たのですから」
家宝や伝統などその土地の文化遺産を一身に受け継ぐのは責任が伴う。旧家や大店といえども、維持費や相続税などで実情は大変だという話は、日本でもよく聞かれることだ。時代が移って、例え台所事情が芳しくなくても、彼らは、自分の誇りと、村の名誉と伝統を守るために、ファンタジアの騎士でありつづけているのである。
場所や時代が変わっても、誇り高さは同じ、それがファンタジアがモロッコの人々を魅了する本当の理由なのだ。
text & photo by 藤田麻里
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いつの間にか200人位集まっているかっこいい・・・ |
自慢の馬に話し掛けるベルベルの騎士 その目はとても優しい |
子供達の憧れの的騎士の後をどこまでもついて行く |