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Produced by MARI FUJITA
最近、よく羊とすれ違う。おじさんに連れられている羊、荷車に載せられていく羊・・・とうとう今日は、バイクに乗せられている羊まで見てしまった。(左写真:勿論、生きてる羊。あまりのスピードに、もう声も出ない。)イスラム最大の祭り、犠牲祭が近づいているのだ。慣わしに従って、各家庭に1頭羊を買い、そして屠り、神に感謝を捧げるというお祭りである。マラケシュ近郊でも羊のスークが立ち、今年は雨が例年より多かったせいか牧草地も緑が濃かったため、まるまると太った羊たちが、一週間も前からメディナ内へ次々と連れられてきている。祭り当日までの数日間は、友人の家を訪ねると人より先に羊が出てきたりしてビックリすることも多い。近所では、屋上で飼っていた羊が、果敢なことに路地に向かって飛び降りて逃亡を図り、人々の笑いのタネになっている。8メートルも宙を飛んだ割には幸い無傷だったものの、迷える羊は、やはりここでも迷っていたらしく(メディナは人間ですら迷うのだ!)、袋小路でまごまごしている所をあえなく捕獲されたとか。 さて、人々の話題も羊一色だが、活気あるところに商売あり、という訳で、路地では、普段見かけない商売人たちが小さな仕事を始めている。早朝、少年達が道端に草を小盛りにして並べている。羊のえさを売っているのだ。朝一番にメナラ庭園まで行って、生えているものをムシって来たという。確かに、ただの雑草にしか見えない。羊は草なら何でも食べるから問題ない、と言い切るところが、さすがは小さくてもマラケシ(マラケシュ人)、あっぱれな商魂である。 祭の日が迫って来ると、売り出すものも何だか切羽つまって来る。草の横では、おじさんが、古代のお金のような丸い石をぐるぐる回し始めている。これは、ナイフを砥ぐ機械なのだそうだ(しかも手動)。羊を屠るのは、コーランにも書いてあるように、神の名を唱えながら頚動脈を切るのが、正しいやり方だ。できるだけ短時間で事切れてもらうためにも、ナイフも入念に手入れしておくのが、せめてもの羊への思いやりという事だろう。 こうして、祭の準備は着々と進んでいく。テレビでは、サウジアラビアのメッカと近郊アラファト山、そこを巡礼する人々が、上空から映し出されている。この時期、世界中から何百万人ものイスラム教徒が五行の一つメッカ巡礼を果たし、ハッジ(巡礼をした人)という敬称を与えられる。メbカでも、もちろん一人一人が羊を買って屠るが、屠られた大量の羊たちは、貧しい国々(現在は特にアフリカ中南部など)に空輸で贈られるという。これこそが、この祭の本来の姿であり、言わば、「イスラム・羊エイド」とでも言うべきものが歴史的になされているのである。 そういえば、先週カサブランカの友人のお母さんも、祝福されてメッカに旅立っていったっけ・・・。大移動する人間たちと、大移動する羊たち。テレビに映し出された遠いメッカのおびただしい巡礼者の映像を見ながら、屋上に飼われている我が家の羊のベエーーという鳴き声を聞く。この、なんとも言えない浮遊感がアイッド・ケビール(最大の祭)を迎える前の気分にふさわしいのかもしれない。=後編に続く= Text & Photo : 藤田麻里 羊のえさ屋さん。登校前にひと稼ぎ!一山1ディラハム(=約12円・2003年2月現在) 手動・ナイフの砥ぎ屋さん。ナイフも売ってる。 とりあえず、屋上のテラスでくつろぐ我が家の羊。
最近、よく羊とすれ違う。おじさんに連れられている羊、荷車に載せられていく羊・・・とうとう今日は、バイクに乗せられている羊まで見てしまった。(左写真:勿論、生きてる羊。あまりのスピードに、もう声も出ない。)イスラム最大の祭り、犠牲祭が近づいているのだ。慣わしに従って、各家庭に1頭羊を買い、そして屠り、神に感謝を捧げるというお祭りである。マラケシュ近郊でも羊のスークが立ち、今年は雨が例年より多かったせいか牧草地も緑が濃かったため、まるまると太った羊たちが、一週間も前からメディナ内へ次々と連れられてきている。祭り当日までの数日間は、友人の家を訪ねると人より先に羊が出てきたりしてビックリすることも多い。近所では、屋上で飼っていた羊が、果敢なことに路地に向かって飛び降りて逃亡を図り、人々の笑いのタネになっている。8メートルも宙を飛んだ割には幸い無傷だったものの、迷える羊は、やはりここでも迷っていたらしく(メディナは人間ですら迷うのだ!)、袋小路でまごまごしている所をあえなく捕獲されたとか。 さて、人々の話題も羊一色だが、活気あるところに商売あり、という訳で、路地では、普段見かけない商売人たちが小さな仕事を始めている。早朝、少年達が道端に草を小盛りにして並べている。羊のえさを売っているのだ。朝一番にメナラ庭園まで行って、生えているものをムシって来たという。確かに、ただの雑草にしか見えない。羊は草なら何でも食べるから問題ない、と言い切るところが、さすがは小さくてもマラケシ(マラケシュ人)、あっぱれな商魂である。 祭の日が迫って来ると、売り出すものも何だか切羽つまって来る。草の横では、おじさんが、古代のお金のような丸い石をぐるぐる回し始めている。これは、ナイフを砥ぐ機械なのだそうだ(しかも手動)。羊を屠るのは、コーランにも書いてあるように、神の名を唱えながら頚動脈を切るのが、正しいやり方だ。できるだけ短時間で事切れてもらうためにも、ナイフも入念に手入れしておくのが、せめてもの羊への思いやりという事だろう。 こうして、祭の準備は着々と進んでいく。テレビでは、サウジアラビアのメッカと近郊アラファト山、そこを巡礼する人々が、上空から映し出されている。この時期、世界中から何百万人ものイスラム教徒が五行の一つメッカ巡礼を果たし、ハッジ(巡礼をした人)という敬称を与えられる。メbカでも、もちろん一人一人が羊を買って屠るが、屠られた大量の羊たちは、貧しい国々(現在は特にアフリカ中南部など)に空輸で贈られるという。これこそが、この祭の本来の姿であり、言わば、「イスラム・羊エイド」とでも言うべきものが歴史的になされているのである。 そういえば、先週カサブランカの友人のお母さんも、祝福されてメッカに旅立っていったっけ・・・。大移動する人間たちと、大移動する羊たち。テレビに映し出された遠いメッカのおびただしい巡礼者の映像を見ながら、屋上に飼われている我が家の羊のベエーーという鳴き声を聞く。この、なんとも言えない浮遊感がアイッド・ケビール(最大の祭)を迎える前の気分にふさわしいのかもしれない。=後編に続く= Text & Photo : 藤田麻里
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