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取材撮影コーディネート

カサブランカ空港内、出国ロビー左50M
日本人デザイナーが企画製作したオリジナル商品/高品質伝統品/アンチック/トアレグ銀細工/革バック/ベルベルキリム、絨毯各種/バッブーシュ/寄木細工/民族衣装他豊富
神の山、アトラスを越えて

オアシスを見下ろす数十キロも続く絶壁

モロッコは、アトラス山系を境に北と南で全く異なった気候風土を持っている。地中海性気候の北部は一年中温暖で、冬場にはかなりの降雨があり、アトラス山脈に積もった雪は春と共に雪どけ水となって周囲の大地に流れ込む。メロン、スイカ、桃、リンゴなど、四季折々の果物や農作物が豊富で、およそ飢餓とか日照りとは無縁の世界だ。
 私が温暖な北部を後にアトラスを越えた二月、山々は一面の雪におおわれ、多いところでは2メートル以上の積雪であった。標高が上がるにつれて、ごつごつした岩肌の地層が現れてくる。道幅はせばまり、グランド・キャニオンを彷彿させる絶壁が数十キロも続く。数万年前の地殻変動や海底の隆起で山に亀裂が走り、大洪水によって岩肌が削られてできたものだ。
 アトラス山中のトドラ渓谷やダデス渓谷は地質学的に興味深いところで、捲れあがった地層からは恐竜の足跡や、アンモナイト、三葉虫の化石が見つかっている。
 幾重にも蛇行する渓谷(ワジ)は、徐々にゆるやかになる。やがて川幅が広がって視界が開け、一面茶褐色の土の世界が展開した。ここでアトラス山系は終わり、渓谷の下流付近には、わずかに広がるオアシスが点在している。
トドラ渓谷の下流にあるオアシス、ティンゲールの集落は、周囲3キロ、人口は5千人余り。アトラス山系から流れ出た雪どけ水の恩恵でナツメヤシの実の生産が盛んで、茶色の甘い実が成熟する10月の収穫期には、町は一年を通して最も活気づく。産業の少ないこのあたりでは、貴重な収入源である。
上写真:アルガンの木を食い荒らすヤギ

砂に飲み込まれる山肌

地下水を汲む女達

集落に迫る砂の脅威

緑のオアシスの横は茶褐色のサハラ砂漠

 オアシスを一歩出ると、そこはもう緑とは無縁の茶褐色の世界だ。アトラスの山々から南へ下ること100キロ、古くからサハラへの最前線基地として栄えたエルフードの町がある。
 周囲3キロ余りの町を歩いて驚いた。砂漠までまだ100キロ余りあるというのに、至るところ砂が入り込み、ミニ砂丘ができつつある。町では、砂の侵入を防ぐため周囲に柵を作ったが、ほとんど効果がないという。南からの熱風に乗ってやってくる砂塵は空から降りそそぐからなすすべもない。
 エルフードの町を後に、さらに南下を続けること100キロ、ついにサハラ砂漠の北の端、メルズーガの大砂丘に達した。サハラ砂漠は、ここから始まる。夏場には摂氏50度を超えるこのあたりだが、私が訪れた冬の朝方は凍るような寒さだった。アトラス山系から300キロ以上離れたこの砂漠地帯では、さすがにアトラスの恵みはなく、一年を通じて雨が降ることはほとんどない。そのかわり地下水が豊富に湧き出て、飲料水や灌漑に利用されている。地上ではすぐ蒸発してしまうので、10メートル間隔に深さ3メートルの穴をあけて地下水道を通し、水源から集落まで水を送っている。砂丘に沿って穴を掘った跡が点々と残っていた。貴重な水を利用するための生活の知恵に頭が下がる思いだった。
 アトラスを越えて、ここサハラの北限まで走ってみると、今さらながらアトラスがこの国の環境に与えた影響の巨大さを思わない訳にはいかない。もし仮にアトラスがモロッコに存在していなかったら、この国は全く異なった運命をたどっていたに違いない。“神の山”アトラスが天を支えてそびえ立つ限り、サハラの砂は行く手を阻まれて決してこの山々を越えることはない。アトラスがモロッコを救ったと言っても過言ではないのだ。

Text & Photo by T.MURAKAWA
[朝日グラフ 1990/10/13号 掲載文抜粋]



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