フェズの庶民たち4悪魔の棲む風呂 −ハンマム・アローサ−昼でも薄暗い旧市街のそのまた奥の袋小路に、ハンマム・アロ−サ(花嫁の湯)という名の風呂屋が、いまも細々と営業している。花嫁の湯とは、なんと美しい名前の風呂屋だと思っていたら、話は逆で、場所が場所だけに背筋が凍るような逸話伝説が残っている。昔、結婚式を翌日に控えた美しい生娘が、身体を清めるために、時間が遅いこともあって、入浴客は彼女一人。しばらくして番台の者が、なにか様子がおかしいと思った瞬間、ギャ−という叫び声が浴室から聞こえてきた。慌てふためいて浴室のなかに踏み込むと、大量の血痕が飛び散り、娘の姿は消えていた。娘は,風呂に棲む醜い悪魔に食い殺されたのだ。この地では、薄暗い人気のない場所や水場、たとえば、風呂屋、便所、沼地等の場所にはさまざまな悪魔が棲息していると信じられており、よくお祓いをしたり,蝋燭を灯して悪魔の怒りを鎮める習わしがある。さしずめ、娘は習わしを守らず一人で出かけたので、年老いた悪魔の餌食になったのだということだ。死んだ娘の親は、心優しい娘が結婚準備に疲れたまわりの者を気遣い、迷惑をかけないように,深夜一人で風呂屋に出かけた、その優しさに心を痛めた。惨劇の噂はあっという間に旧市街全域に伝わり、いつの日からか、その風呂屋は花嫁の湯、すなわちハンマム・アロ−サと呼ばれるようになった。上写真:結婚式前夜、花嫁がハンマム(風呂屋)に向かう。20世紀末の現在でも、その逸話はフェズの旧市街で伝承され、結婚式を翌日に控えた生娘は、数人の女性たち(すべて生娘)を連れ立ち、ハンマムに行く。浴室内では蝋燭を灯し、悪魔祓いを施す。暗黒の迷路のなかを外国人が深夜彷徨することは勇気のいることだが、運がよければ、真夏の夜、娘たちに囲まれ、ヴェ−ルで顔を隠したアローサが足早に迷路の闇から闇を越え、ハンマムのなかに消えていく姿を見ることができるかもしれない。フェズの旧市街メディナに、中世の亡霊が蠢く。写真・文・村川敏弘 ハンマムで身体を清めた後、丹念に化粧を施す。モロッコの女性が輝く瞬間。 ミダーと呼ばれる桶に花嫁を乗せ会場を練り歩く。 鏡の前で口紅を塗る花嫁。暗闇の旧市街に華麗な花が咲き誇る。 「モロッコの迷宮都市フェス」シリーズ「フェスの庶民たち」は、平凡社刊「モロッコの迷宮都市フェズ」に収録されており、弊社代表 村川がコラムとして、執筆と写真撮影を担当致しました。新しい都市生態学の構想として、神秘のヴェールに包まれたイスラムの古都を読み解いた一冊。異国情緒あふれる都市フェスの姿が、市民たちへのインタビューを通して、いきいきと描かれています。イスラームの宗教施設内部や巡礼風景などの貴重な写真を多数収録。発行/平凡社 著者/米山俊直 写真・コラム/村川敏弘 価格/2500円
フェズの庶民たち4
写真・文・村川敏弘
ハンマムで身体を清めた後、丹念に化粧を施す。モロッコの女性が輝く瞬間。
ミダーと呼ばれる桶に花嫁を乗せ会場を練り歩く。
鏡の前で口紅を塗る花嫁。暗闇の旧市街に華麗な花が咲き誇る。
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