フェズの庶民たち1深夜に[変身]する大男 −ギシ・ムハンマド−旧市街の最深部、フェズの町の創始者ムーレイイドリス2世を奉る廟の辺りは、モロッコ全土からやってきた参拝者でにぎわう。奉納する蝋燭の煙がもうもうと立ちこめ、どこか日本の神社仏閣の風景に似る。ギシ・ムハンマドはそんな古びた迷路の一角で生まれ育った。彼の父親もギシと同様の大男で才覚にたけ、さまざまなビジネスをしていたこともあり、長男のギシはその後継ぎとして、兄弟と力を合わせて手広く商売をしている。廊に隣接する公衆浴場(ハンマム・ムーレイ・イドリース)のほか、数件の風呂屋の経営、乳製品の商店数件、菓子製造、貸屋等の所有まで、すべて旧市街が舞台だ。150キロはゆうにありそうな体を揺らせながら狭い旧市街の路地を大股で徘徊すれば、いやがおうでも目立ってしまうが、この目付きの鋭い、でぷっちょの大男が旧市街で有名なのには、ほかにもわけがある。昼間は貧相な仕事着姿で石畳の迷路を忙しく走り回るが、日が傾き、暗黒の闇が旧市街を包み込む深夜、彼の姿は豹変する。純白の正装をまとったギシは、男たちを引き連れ迷路のさらに奥にある古びたモスクや庶民の住む民家へと向かう。縁起直しや悪魔払いを引き受けるエイサワー集団と呼ばれる人々(イスラーム神秘主義教団の流れを汲むグループ)のリーダーで、聖者マラブーとして畏敬の念をもって人々から愛されている男なのだ。儀式は通常,夜10時頃に始まり、夜が明けはじめる午前4時頃までつづく。預言者ムハンマドの偉大なる物語や聖者ムーレイ・イドリースを讃える熱唱は、やがて夜明けとともにアッラーを讃える絶叫に変わり、興奮状態がクライマックスに達する。宗教的なトランス状態にはまった人々は、ときに熱湯を飲み干したり、自分の身体を刃物で傷つけ、血だらけになったりと異様な光景が展開する。この儀式の主役を演ずる男、ギシは一睡もすることなく踊り、絶叫していた。東の空が明るくなってきた。興奮で火照っていた彼の顔に微笑みが浮かび、商売人ギシの昼の顔が戻ってきた。今日もまた、多忙な一日がはじまる。写真・文・村川敏弘 大男ギシと、母、そして妻(フェズ) トランス状態で自分自身を傷つける男(フェズ) イスラム神秘主義集団の聖地巡礼(ムーレイイドリス) 「モロッコの迷宮都市フェス」シリーズ「フェスの庶民たち」は、平凡社刊「モロッコの迷宮都市フェズ」に収録されており、弊社代表 村川がコラムとして、執筆と写真撮影を担当致しました。新しい都市生態学の構想として、神秘のヴェールに包まれたイスラムの古都を読み解いた一冊。異国情緒あふれる都市フェスの姿が、市民たちへのインタビューを通して、いきいきと描かれています。イスラームの宗教施設内部や巡礼風景などの貴重な写真を多数収録。発行/平凡社 著者/米山俊直 写真・コラム/村川敏弘 価格/2500円
フェズの庶民たち1
写真・文・村川敏弘
大男ギシと、母、そして妻(フェズ)
トランス状態で自分自身を傷つける男(フェズ)
イスラム神秘主義集団の聖地巡礼(ムーレイイドリス)
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