CONTENTS



取材撮影コーディネート

カサブランカ空港内、出国ロビー左50M
日本人デザイナーが企画製作したオリジナル商品/高品質伝統品/アンチック/トアレグ銀細工/革バック/ベルベルキリム、絨毯各種/バッブーシュ/寄木細工/民族衣装他豊富
イスラムの教えと共に[4/22]

ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を割って流れるジブラルタル海峡に面したモロッコ王国は、北アフリカの最西端に位置し、アラビア語で“マグリブ”すなわち西の果てとか、日の沈む国を意味する辺境のイスラム教国だ。

七世紀初頭、遥か東方アラビア半島に興ったイスラムの嵐は、百数十年の歳月を経て、アフリカの果ての地にまでまたたく間に広がっていった。

侵入者アラブ民族によるモロッコのイスラム化は一千年以上の月日を経た今でも、はっきりとその姿をとどめている。中世アラビア風・街並みと、複雑な迷路、異教徒を一切受け入れぬモスクなどを数多く残す最古の都フェズや、町全体が赤い色をしたオアシスの中の古都マラケシュでは、茶褐色に輝くぶ厚い土の壁が旧市街を囲むように建っている。

城門に一歩足を踏み入れると、そこは、まるでタイムスリップしたかのように中世そのままのアラビア世界が目の前に展開する。日中でも薄暗い石畳の路地を、山ほどもある荷を背負ったロバや馬が行きかい、その背中に鞭が容赦なく打ち込まれる。路地のあちこちに店開きをしている間口一間ほどの狭い茶店には昼間から眼光鋭い男達がどっかりと座り込み、よもやま話しに興じている。道行く人も物売りも、ロバ使いも、すべて男だ。まるで男だけの世界に迷い込んだかのような錯覚にとらわれ不思議な風情が漂う。

ある時、迷路の中を歩いていると突然暗闇の奥から顔をベールで覆った女性が現れたかと思うと、あたかも人目をはばかるように闇の中に消えて行った。いったい、イスラムの地に生きる女性達のどこか抑圧された感のある。あの暗いイメージはここモロッコでもやはり共通のものなのか?

カメラを持った旅人としてではなく、カメラを持った住人としてこの地に暮らし、数ヶ月が過ぎると、それまで決して見ることのなかった人々、特に外にはほとんど出ない、モロッコの女性達の日常の姿が、徐々に浮かび上って見えてくるようになった。

一見不潔で汚れた旧市街の光景とは対象的に、人々の住まいは常に美しく清潔に保たれ、大家族主義を守りながら何世代も、また時には十人以上がひとつの屋根の下で助け合いながら生きている。

家族が多ければ、女性達の家事は休む間もなく続くが皆、いきいきと働いている。一般的に規則や制約の多い戸外での用事や行動は一切、男性側にまかせて、人目を気にしなくてすむ家の中の用事は、すべて女性側が責任を持つことで役割分担をはっきりと決め対等の関係を保とうとしていることが判る。

こうした役割分担が、如実に表われるのが朝夕の市場の光景だ。買い物かごを持って肉や野菜を買っているのは、立派な髭をたくわえた男性であることが多い。女性達はこの時間帯、隣人を訪れたり、親類の者がやって来たりしておかしをつまみながら、楽しい時を過ごしている。イスラムの教えが、日常生活のすべてに深く浸透しているこの国では、一日に五回、礼拝の時間が決められているので、男性がモスクに出かけている間、女性達は、つかの間の自由時間を楽しむことができるのだ。

また旧市街の到る所に「ハンマム」と呼ばれる公衆浴場があり、家族や、友人と出かける。ハンマムは男女の入れ替え制になっていて、昼間から夜八時頃までが女性専用となっている。かつては、我々が住む日本でも、銭湯が地域社会での中心をなす重要な社交場であったように、ここモロッコでも、とかく閉鎖的なイスラム社会において女性達にとって様々な情報や日常の出来事を語らうことができる数少ない場となっているのが、ハンマムである。

こうして見ると、この国の女性達は、限られた制約の中で、巧みに自分達の時間を工夫し楽しんでいる。また一見宗教的な観念ばかりを女に押しつけているようで、実は、この国の男は、ある一面、とても良き理解者として女達を支えているというのが、内から見たモロッコの人々への印象として今も心から離れない。われわれ日本人が忘れてしまった何かが、ここに生きる人々の生活の中には、まだ失われずに残っている。

「女性たちの群像/JICA GRAPHIC」平成3年8月1日発行より

Text & Photo by T.MURAKAWA



 掲載の写真・記事・イラスト等すべてのコンテンツの無断複写・転載を禁止します。
(C) Copyright 2004 CARAVAN VOYAGES All right Reserved.