遠く遥か北アフリカの果て、モロッコの地に、アラビア人達が、東方アラビア半島から侵攻し、初のイスラム王朝を興したのが西暦789年、今から1200年余り前のことである。時の王イドリス2世は、都をフェズに定め、大規模な土壁を築き上げ、その中に、アラビア風の町を造った。昼間でも陽の差さぬメディナの中には、不気味な静けさが漂い、人間の肩幅にも満たぬ狭い迷路が最深部へと続き、外来者の侵入を、冷たく拒んでいる。ベールを付けた女が足早に走り去り、ロバが行き交う不思議な空間。そこに見える全てが、中世の世界そのものである。
7年前、私は全くの偶然に、このメディナの中に足を踏み入れた。狭い路地の中を歩いていると、アラブ人達は、血相を変えて私を呼び止め、これ以上奥に入るなと言った。
半年が過ぎると、私は彼らモロッコ人の話すアラビア語を、かなり理解できるようになっていた。そして驚いた。この中世の亡霊のようなメディナの中には、実に多くの悪魔にまつわる伝説があり、人々は身近に悪魔と関わりながら生活をしているのだった。
私は、土地の古老や霊力を持つと信じられている人々に会い、様々な言い伝えや風習についての話を聞いた。
メディナの一角に、ハンマム・アローサという名の風呂屋がある。ハンマムは風呂屋、アローサは花嫁を意味するアラビア語で、花嫁の風呂屋と呼ばれ、昔から何代も続く老舗である。アフリカに風呂屋が本当にあるのかと思われるのかもしれないが、元来イスラム社会では、モスクでの祈祷前、身体を清める習慣があり、アラブ人達はモスクを造るとそのそばに風呂屋を造ったのである。フェズのメディナでは、現在でも70軒余りが営業しており、折り重なって密集する家屋の隙間をぬってハンマムの煙が上がっている。
今から数百年も昔のこと、この風呂屋で惨劇が起こった。結婚を翌日に控えた近所の娘が深夜一人で湯を浴びにやって来た。古くからの習慣で、生娘は式前夜に身体を清める習わしがあり、綺麗な衣装をまとった姿は美しく輝いていたという。娘は、幸福そうに笑みを浮かべて浴室に消えた。
しかし、数時間経っても出て来る気配がないので不審に思った主人が中へ踏み込んだところ、娘の姿は跡形もなく消え去り、おびただしい量の血痕が残されていた。人々は、この娘があまりに美しかったので、魔女の嫉妬を買い、食い殺されたに違いないと考えた。以後、この風呂屋を「ハンマム・アローサ」と呼び、毎年、悪魔を追い払う儀式を催すようになったのだという。悪魔は一般的に光の届かない暗い所や、草のおい茂っている水辺に棲んでいると信じられ、隙のある人の身体に入り込み、病をおこしたり災いをもたらすが、時として、美しい女性に乗り移って酒を飲み、化粧をすることもある。また、美しい男を制的な虜にする魔女もいるという。
ある日「友人の妹に悪魔が乗り移り、身体の調子がすぐれない。ついては、今晩、ギナワという悪魔除けの儀式をやるから、見に来てもよい」との連絡を受けた。私は胸躍らせ参加することにした。
真夜中のメディナを、友人に手を引かれて行き着いた場所は、墓場の中であった。儀式は始まったばかりで、墓の上にギナワと呼ばれる伝導師達7〜8人が中央を向いて座り、そのまわりを女達が取り囲んで座っている。ギナワ達は、一人がギンブリと呼ばれる弦楽器を弾き、他の男達は、鉄製のカスタネットに似た楽器を打ち鳴らし、歌い踊っている。よく見ると、ギナワ達は皆「キフ」と呼ばれる大麻を吸い、まるで恍惚の域をさまよっているようだ。
突然、じっと黙って見ていた一人の女が狂ったように髪を振り乱し踊りだした。まるで手足をケイレンさせているように身震いして、ついに倒れた。墓場は大騒ぎになり女達が次々に踊り出した。ある女は、用意してあった牛乳のビンをこなごなに砕き、自分の顔に突き刺している。また他の女は、沸騰したにえ湯を飲みほした。
彼女達は、悪魔払いの儀式をやっているというより、むしろ悪魔に変身したかのようなありさまだ。
友人に、いったいどうして、あんな事をやるのか?と聞くと、彼は笑みを浮かべてこう言った。
「コーランでは、この世には人間とジン(悪魔)がいて、災いや悪事は全て、ジンの仕業であるとされている。周りに突っ立っている男達を見るがいい。誰一人、口出しするヤツはいない。自分達の女房の狂乱を黙って静観するしかないんだ。だってあれはすべて悪魔の仕業なのだから・・・。」
悪魔の伝導師ギナワが打ち鳴らす金属音が墓場の中で不気味に響き渡っていた。
写真・文/村川 敏弘
「ウータン 4月号」1989年刊 学習研究社