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取材撮影コーディネート

カサブランカ空港内、出国ロビー左50M
日本人デザイナーが企画製作したオリジナル商品/高品質伝統品/アンチック/トアレグ銀細工/革バック/ベルベルキリム、絨毯各種/バッブーシュ/寄木細工/民族衣装他豊富
ベールを脱ぐモロッコ

恵まれた豊穣の国。モロッコは農産物の一大生産地で有名。
 モロッコ王国は、北アフリカの西の果てに位置し、ジブラルタル海峡をはさんで、ヨーロッパに一番近い。アフリカ大陸の玄関口にあたるイスラム教国だ。首都ラバトや、商都のカサブランカを中心に、2300万人余りの人口を有し、その広い国土と温暖な地中海性の気候に恵まれ、北部地方や大西洋沿岸地方は農産物の一大産地として有名だ。市場にあふれる四季折々のその豊富な果物や野菜類、ここモロッコには、我々日本人が抱くアフリカのイメージとは異なった世界がある。
 モロッコはアラビア語で、モガレブと発音し、西の果てとか日没する地を意味する。近年、農林水産や、天然資源などの輸出入、技術協力などの分野で日本と非常に関係の深い国になりつつある。また、観光的にも有望で、ヨーロッパの主要都市から飛行機でわずか1〜2時間の距離にあり、新しいアフリカのリゾート地として注目を浴びている。

教育や文化と近代化、一方失業率も高い。インフレも深刻な問題。
 モロッコは、ムーレイ・ハッサン二世国王を元首とする立憲君主制の王国で、国王の積極的な指導力と、イスラム的な政策を全面に出して政治を行い、国内の政情は、一応安定している。また、過去何度か繰り返された、クーデターなどの血生臭い動向は影をひそめている。現在旧宗主国フランスの全面的な援助を受け、教育や文化を中心とする近代政策を押し進めているが、国内において、全く問題がない訳ではなく、慢性的なインフレと失業率の高さは深刻で、大都会のカサブランカでは、職をもとめる貧しい地方出身者が町中にあふれ、社会問題化している。
 また国外では、旧スペイン領“西サハラ”の領有権をめぐり、アルジェリアなどの国が支援するポリサリオ開放戦線との長年にわたる地域紛争が続いて来たが、昨年6月に、ハッサン国王がアルジェリアを訪問したのを機に、ともかくも改善のきざしが見え始め、新しい展開が内外が期待されている。
 モロッコには、8世紀のアラブ人侵入以前より、ベルベル族と呼ばれる先住民族が暮らしていた。彼らの起源については、はっきりしない部分が多いが、アラビア語とは全く異なった言語の文化を持っていた。西暦789年、ムーレイ・イドリス一世が、モロッコの地に、初のイスラム王朝を興した時、イドリス王は、ベルベル族の庇護のもと、政治をつかさどっていたというから、当時アラブ、ベルベル両民族は、共存していたことがうかがわれるが、その後、それぞれ独自の王朝が興ったが、徐々にベルベル族は、南部アトラス山中や、北部リーフ山中にひっそりと暮らすようになった。
 さて、過去1200年に渡るイスラム王朝の歴史は、まさに興亡の繰り返しであった。幾多の王朝が生まれ消え、王朝が変わった。フェズ、マラケシュ、メクネスなどの町には今も当時の面影を残す、旧市街(メディナ)が時代を超え生き続けて来た。特にイドリス王朝の都となった、フェズのメディナは、周囲を分厚い城壁に囲まれ、遥か中世のアラビア世界を彷彿させる風情を残している。

フェズのメディナで見た男性社会の中で生きる、魅力的で美しい女性達。
 一般的に、イスラムの国に生きる人々の生活を知ることは難しい。その宗教性や、異教徒に対する排他性などが重なって困難を極める。私が長年住んだフェズのメディナも、保守的な所で、一見、女性の存在しない、男だけの社会に迷い込んだかのような錯覚に陥る雰囲気がある。通りと言い、カフェと言い、するどい眼光をしたアラブ男達が、たむろしていて、四方山話に興じている様子は異様だ。しかし、それはそのままこの国に世相を反映しており、高い失業率や、娯楽の少なさの結果で、一杯50円のコーヒーをすすりながら終日カフェで過ごす事が良い暇つぶしになっている。
 メディナには、いったいどんな仕事があるのかと言うと、数百年続く、家内手工業や伝統工芸品造りがほとんどで、ここに住む男性達は代々職人として働いてきた。ジュータン、家具、靴など様々な製品を造っているが、賃金は一様に低く、月に1〜2万円前後と苦しい。しかし、物価は特に豊富な農産物を中心に安く、どれを取っても1kg50円余りと常に安定しているのが救いで、大家族で住む彼らは、互いに助け合って、たくましく生きている。
 モロッコの女性は、魅力的で美しい。カサブランカ、ラバトの様な都会では、ヨーロッパと変わらぬ、ハイセンスな女性を多く見かけるが、ひとたび旧市街に目を移すと、まだまだ保守的なイスラム法下の女性の姿が目立つ。女は、学校や、働きに行くより、家の中の家事労働をして、年頃になれば親が見つけて来た男と結婚するのが良いと考える父親が多い。

イスラム社会の中での伝統的恋愛、結婚事情。だが将来は明るい。
 実際、親や兄弟の目を恐れ、外出できない女性の話をよく聞いた。では、彼女達は、毎日暗い家の中で、まるで奴隷の様に働かされてばかりいるのかと言うと、そうではない。年頃の娘などは、上手に口実を造り、つかの間の自由を楽しむ。例えば公衆浴場(ハンマム)や買い物の帰り、あるいは友人のパーティーの席など、親の目の届かない所では、皆生き生きふるまい、ちゃっかりと恋人なども見つけてしまう。しかしそれが長く続いたり結婚に至ることはまずないようだ。私がこの国にいわば異邦人として長く住み、若者と接して来て気付いたことは、彼らモロッコの若者達の恋愛観とは、親の目から隠れていかに今を楽しむかといった要素が強く、いくら好きな相手がいても、所詮、親の勝手な意志で、パートナーを決められてしまうのだから、それなら一層結婚を考えない恋愛ゲームの方が楽しいと言う若者が多い。もう一つ彼らが、結婚も含めて将来に夢を持てない要因に、就職難がある。大学を出ても職がない。幸運にも職にありついたが、初任給が、きわめて低く、先の見通しがつかない、といったことは、当たり前の出来事なのである。以前、私の友人の妹の結婚式に招かれたことがある。イスラムの伝統を重んずるモロッコの結婚式は、絢爛豪華だ。金製の装身具を身体中に付けた花嫁は18歳、若くて美しかった。こちらの習慣で、式の総費用は、花婿が全額負担する習わしで、約50万円余りを払ったという。長年働き続け、やっと、これだけの金をため、今日の日をむかえたと言うが、当年とって48歳の新郎であった。
 モロッコには豊かな将来性のある国だ。地理的には、ヨーロッパに近く恵まれた気候や地下資源など潜在的に力のある国が、これから発展していく条件は一にも二にも、国内産業の育成につきる。働く場所がなくては、いくらやる気のある若者でもやがて無気力になる。また社会に還元することなく一部特権階級だけで、うるおっているといった話も多い。何年か先、モロッコ全体が一層発展していることを現地に住んだ私としては祈らずにはいられない。

写真・文 村川敏弘
「UPDATE 1989年3/4合併号」 発行・ほんの木



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