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取材撮影コーディネート

カサブランカ空港内、出国ロビー左50M
日本人デザイナーが企画製作したオリジナル商品/高品質伝統品/アンチック/トアレグ銀細工/革バック/ベルベルキリム、絨毯各種/バッブーシュ/寄木細工/民族衣装他豊富
モスクへの誘いU「未完の聖域」

 マラケシュの北東450キロ、オリーブの林に囲まれた谷あいの町フェズは、古い城壁が続く旧市街とフランス植民地支配下に造られた、新市街とに分かれている。
 フェズに来た当初は、「中世を行き続けるイスラム都市の典型」と称される旧市街の中を、好んで寝ぐらにしていたが、5年ほど前からは、私のような“異邦人”にとっては、なにかと便利な生活が送れる新市街に住まいを移していた。
 私が住むアパートの近くに大きな空き地があって、1年のうち2ヶ月くらいは、移動遊園地として使われていたが、それ以外は空き地として放置されていた。
 ところが、いつの頃からか、トラックが土煙を上げながら出入りし始め、建築資材や、セメントなどが運び込まれるようになった。日一日とコンクリートの柱が現れてきて、そこになにか、どでかい建物ができるであろうと推測された。しばらく工事は続いていたが、ある日を境にして突然、車も作業員も姿を消してしまい、工事は中断してしまったのだ。
それから3年余りの空白を経て、つい最近、そこを通りかかって驚いた。
 あのコンクリートの柱があったところには、足場用のアルミパイプでぐるぐる巻きにされたモスクの塔がそびえ立ち、中庭からはクレーンが顔を覗かせているではないか。まるでビル建設現場を思わせる光景がそこにはあった。

 かつてフェズ旧市街の一商人に過ぎなかったタディモアティ氏が、大モスク建設を思い立ったのは、もう30年も前のことだという。当時は間口一間にも満たぬ店で、細々とフェズ特産の陶器の製造販売をしていた。その男が、たくみに商売を広げ、ついには、モロッコ有数の大富豪となり、巨万の富を築いた。私財100ミリオン・フラン(日本円にして推定10億円)を投じて念願のモスク建設に着手したのは4年前だった。
 しかし、伝統的な建築様式を継承するモスク建設には多くの優秀な職人と膨大な資金が必要とされ、これまで何度かこう字の中断を余儀なくされたのだという。
 この国では、昔から信仰心の厚い土地の豪族や有力者が先を争ってモスクを建設したと伝えられ、周囲10キロに満たぬフェズの旧市街の中には、今も大小さまざまなモスクが無数に残っている。古くは9世紀にスペインのアンダルシア地方から移住してきた人々によって建てられたアンダルシア・モスクをはじめ、チュニジアのカイロアンからやって来た人々が建立したカイロン・モスクなど。いずれのモスクをみても、地縁、血縁者たちの寄付を頼って維持運営がされている。このため、よほどの経済的な基盤がない限り、伝統的モスクとして永代まで残ることは難しい。
 望むものは全て手に入れたタディモアティ氏が最後に欲しがったのが、一族の名を永遠にとどめ、誰からも崇められる大モスクであったとしてもなんら不思議なことではない。

 建設中のモスク内部では、30人ほどの職人達が忙しく働いていた。高く組み上げられた足場の上で、若い職人が天井に塗られた漆喰に複雑なアラベスク模様を彫り込んでいる。美しい模様は、天井といわず壁や柱にまで及ぶ。すべてノミを使った手作業のため、一日数十センチ彫り進むのが精一杯とかで、「この先、完成まで何年かかるか見当もつかない」と、職人の一人が笑った。
 モスクの最深部に、ひときわ美しい模様と精巧なはめ込みタイルで飾られた壁の“くぼみ”がある。これは、“ミフラブ”と呼ばれ、メッカの方向を示しており、いわばモスクの心臓部。聖域の中の聖域と崇められている。すべてのイスラム教徒は、この聖なるくぼみミフラブを通して遥か延長線上にある聖地メッカへの祈りを捧げる。
 しかし、未完成のタディモアティ大モスクの中には、まだ神は宿っていない。
 汚れた作業服があちこちに散乱し、ドロにまみれた職人達が働いている。ミフラブのかたわらには、なんと彼らが乗ってきたバイクが無造作に置かれているではないか。
 神によって、完璧なまでに支配されてしまうまでには、あと数年を要するといわれる。未完の聖域だが、聖なる空間の中で頭を平伏して祈る信者たちの姿が、ふと目の前に浮かんで消えた。

Text & Photo by T.MURAKAWA
[朝日ジャーナル 1990/06/22号 掲載文抜粋]

天井部分の漆喰を彫る職人 

美しい未完の聖域



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