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取材撮影コーディネート

カサブランカ空港内、出国ロビー左50M
日本人デザイナーが企画製作したオリジナル商品/高品質伝統品/アンチック/トアレグ銀細工/革バック/ベルベルキリム、絨毯各種/バッブーシュ/寄木細工/民族衣装他豊富
古都フェズの情報

首都がラバトに移った現在もフェズは宗教・芸術の中心地だ。モロッコ人の間でフェシーは特別な響きをもって語られる。政界、経済界でのフェシーの活躍、絢爛豪華なフェシーの結婚式、パステイリアーを産んだ美食家の町、フェズブルーと呼ばれる陶器…フェシーはここでは形容詞となり、ある時は好意的に、またある時は否定的に響く。世界で最も古い大学、カラウイーン大学、それに付随するモスクがフェズの歴史を語る。(左写真:フェズ旧市街全景)8世紀後半バグダッドの迫害を逃れて預言者モハマドの娘婿の子孫であるイドリスが中央モロッコにやってくる。原住民ベルベル人の支持を受け、彼は789年モロッコ初のイスラム王朝を造り、都をフェズに置いた。8世紀後半バグダッドの迫害を逃れて預言者モハマドの娘婿の子孫であるイドリスが中央モロッコにやってくる。原住民ベルベル人の支持を受け、彼は789年モロッコ初のイスラム王朝を造り、都をフェズに置いた。その息子イドリス二世の時、現在のメデイナの西側にアンダルスから追放されたイスラム教徒、反対側にはチュニジア・カイローワンから移ってきた人々が居を構える。

彼らはそれぞれの地のイスラム文化をフェズに持ち込んだ。アンダルス人は絹織物、革工芸品、金属工芸、建築に秀で彼らの地区には驚くほど精巧な彫刻が施された家を建て、またカイローワンの人々はオックスフォードやソルボンヌに先立ち、カラウイーン大学を建てる。 イドリス二世の後継者は町をしばらく平穏に治めるが、10世紀に山間のベルベル人が町を攻撃、同じ頃、飢饉がはやり町は混乱状態に陥る。1070年ムラービト朝がマラケシュで起こり、しばらく第二の首都としてフェズは落ち着く。しかし、それも1154年ムワッヒド朝の征服で、町の城壁は壊される。この時もマラケシュが帝国の首都だったが、カロウイーンモスクと大学のため、町はスペインからセネガルまで広がった帝国の学問の中心地として栄える。1250年マリーン朝の台頭と共に町は政治的な力を取りもどす。14世紀にはユダヤ人住居がフェズ・バリ(現在の旧市街)から新市街に移り、これがモロッコで初のユダヤ人街(メッラー)となる。マリーン朝が崩壊し、南部のサード朝とフェズのワッタシード朝が台頭する。

彼らはそれぞれの地のイスラム文化をフェズに持ち込んだ。アンダルス人は絹織物、革工芸品、金属工芸、建築に秀で彼らの地区には驚くほど精巧な彫刻が施された家を建て、またカイローワンの人々はオックスフォードやソルボンヌに先立ち、カラウイーン大学を建てる。 イドリス二世の後継者は町をしばらく平穏に治めるが、10世紀に山間のベルベル人が町を攻撃、同じ頃、飢饉がはやり町は混乱状態に陥る。1070年ムラービト朝がマラケシュで起こり、しばらく第二の首都としてフェズは落ち着く。しかし、それも1154年ムワッヒド朝の征服で、町の城壁は壊される。この時もマラケシュが帝国の首都だったが、カロウイーンモスクと大学のため、町はスペインからセネガルまで広がった帝国の学問の中心地として栄える。1250年マリーン朝の台頭と共に町は政治的な力を取りもどす。14世紀にはユダヤ人住居がフェズ・バリ(現在の旧市街)から新市街に移り、これがモロッコで初のユダヤ人街(メッラー)となる。マリーン朝が崩壊し、南部のサード朝とフェズのワッタシード朝が台頭する。

結局ワッタース朝が勝利するが、短命で、1664年アラウイー朝が興る。二代目ののスルタンが1672年にメクネスに首都を移し、その後マラケシュに移すが、フェズが宗教、学問、芸術の中心としての重要性を失うことはなかった。中央政権が崩壊し始め、ヨーロッパの介入が顕著になる19世紀、マラケシュもフェズもそれぞれが北部、南部の都として機能するだけになる。1912年フェズでフランスとスペインとの保護領条約が結ばれる。同年、フランスに対する反乱が興るがフェズの活動家が主になっての事だった。この動きを恐れたフランスは首都をラバトに移す。1916年よりフランスはヴィラ・ヌーヴェル(新市街)を建設し始めるがリヨテ将軍は旧市街には手をつけずに保存する。そのお陰か?現在目にする旧市街は過去千年前とさほど変わらぬ姿を留めている。

【フェズで”クスクス”の料理法を学ぶ】モロッコ料理といえば有名な”クスクス”があります。フェズの旧市街にある民家を訪ね秘伝の料理法を一から学びませんか?王宮料理が最も発達した旧市街には素晴らしい腕を持ったフェズ女性がいます。名家アムラニー家の家系を継ぐマダム・アムラニ・アシア女史が伝授致します。女史は以前2度来日し料理のレッスンの経験済みですから簡単な日本語も話します。昼間10:30〜13:30,夕刻17:30〜20:30.要事前予約(最少2名から実施)(試食、お茶、お菓子、送迎付)
2名様参加で1名様80US$




【ヘンナの化粧をフェズ旧市街でする】古来から継承されてきた”ヘンナ”の化粧はヨーロピアンなどの観光客の間で最近ブームになっている。砂漠地帯に自生する草の原料を潰し水で溶き、女性の身体の一部に絵模様のように描く。手や足、または腕などに書くのが一般的で美しい模様が浮かび上がる。2週間ほどで消えてしまうので安心安全。10分程で出来上がる。(料金は1回/1名/10US$)

【ネッジャーリン博物館】ネッジャーリンとはアラビヤ語で大工さんを意味し博物館の建つ広場一体は職人街で昔は賑わった。遠方から来る商人達と家畜が泊まる隊商宿として18世紀に建てられたサライを最近になって実業家ベンジェルーン氏が買い取り、モロッコ有数のミュージアムにした。主にフェズ伝来の職人芸が生きる。建築材、道具、柱、壷、織物等豊富で絶対お勧め。弊社ツアー以外では殆ど訪れない優れた観光スポットです。(写真左:正面入り口の風景)




【モロッコ フェズの旧市街で寺子屋を見学する】フェズの旧市街は今も中世イスラム世界が色濃く漂う空間です。幼児期から就学する前の子供達にコーランを教える寺子屋が今も多く現存し、元気にコーランを読む児童の声が狭い迷路に響き渡ります。そんな壁一つ内側にある子供達の世界を拝見し、彼らの生活を知ることはまさに異文化の国モロッコのイスラム世界を理解する為の旅の収穫であると思います。(右写真:旧市街の寺子屋風景より)

【モロッコ フェズ アンダルシアモスク】世界遺産フェズの旧市街にあってカロウイーンモスクと並び歴史的価値の高いアンダルシアモスクを訪れるツアーの企画は弊社以外殆ど無い。アンダルシアからの移住者が暮らすこの地に9世紀建てられたモスクは、西暦956年にスペインのコルドバのスルタンにより援助され立派なミナレットが建立された。傑作なのは写真左下に見える門で木材を用いた見事なもの。(左写真:アンダルシアモスク全景/上空より撮影)




【世界遺産 フェズの旧市街で住民宅を訪ねる】迷宮の旧市街に暮らす住民のお宅に伺い、その生活や家の中の様子を拝見し意見交換や生活体験をさせて頂きます。イスラム社会に生きる女性達や子供の様子が手に取るように理解出来るかもしれませんね。この企画は10年以上前から弊社が手配をする日本の旅行会社各位に提案し大好評の元現在も進められています。



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